H28年5月3日(火)鳥海山・祓川コース 黒木養成隊長の詳解レポート


 AYH定例山行には約3年ぶりの参加となる。あまりにも参加がないとそろそろ登録抹消されるのではないかとの恐れもでてきた。さらに昨年および一昨年と2年連続で「AYH主催・鳥海山矢島口・春山定例山行」が行われた同日・同山域で「早出・早着/朝のお勤め」と称して自分も登っていた(遭遇しなかった理由は後述する)。さすがに3年連続でこのようなわけにもいかない。 当日は快晴。暑い。実測データではないので申し訳ないが、以下は【日本気象協会_山の天気予報(tenki.jp)】に掲載のあったデータである。

 標高1,000メートル(祓川登山口を想定)16.9度(9時)16.0度(15時)
 標高2,000メートル(七高山山頂を想定)12.9度(9時)13.5度(15時)

 5月上旬の鳥海山でこのような気温はないとは言わないが、珍しいと思ったほうがよい。早速、着込んでいたアウター(レイウンウエア)の上着を登山口で脱いだ。しかし気をつけてほしいのが、一部の人が抱くこの時期の鳥海山は「アウターなしでも登れるという認識」である。これは「誤った認識」である。いかに晴れていても強風という問題がある。強風の環境下では体温は著しく低下する。上下のアウターの他、手袋は必携。首巻きと側頭部(耳の辺り)を隠せる帽子は是非ともほしいところである。 参加者は、今回全9名、平均年齢38歳。高齢化が進む全国の山岳会の中にあって、40を切る若さ。かつては、この定例山行企画には、「AYHの大御所」と呼ばれる方々も参加していた。様変わりしたと感慨にふけると同時に自分も古参の部類に既に入ってしまっていることに気づかされる。
 参加した若手会員の中には、この山域に初めて挑み、登り斜面では苦闘しながら登っておられる方もいたようだが、自分が初めてこの山域に参加したときの状況を思い浮かべるならば数段レベルは高い。自信をもってほしい。雪残る東北の名峰「鳥海山」を登り切った各位はその誇りをもち、再チャレンジはじめ、この山域以外の様々な山岳にも挑戦してほしい。 残雪期の鳥海山・矢島口コースを筆者は2014年度に7回、2015年度に6回の計13回登っている。その経験に基づき、主観の域を全く出ないが、この山域登攀に当たってのポイントを整理してみたい。

1 残雪期の鳥海山矢島口コースには2系統のコースができる

 山開きと同時に、本コース管理者設置のルート旗が立てられる。ルート旗はコース上いくつか散見されるが、他との違いは、ポール部分が長く、上部に付いている赤旗は概して「小振り」である。さらに決定的な違いは、「ルート旗設置間隔」がほぼ一定で祓川から最後の登り斜面である「舎利坂」取り付き近辺まで設置されていることである。このルート旗設置コースは夏道に「より近い場所」を通過している。このルートを「@ルート」と称することとしよう。これが一つ目の系統である。
 8合目である七ツ釜避難小屋の下部(「御田」と呼ばれる地点)からルートが二つに分かれる。その内、山頂向かって左側の尾根筋に渡り、その尾根から右手下に「@ルート」を見下ろしながら、並行して登っていくルートがある。それが2つ目の系統である。「Aルート」と呼ぶことにする。「Aルート」はその後も本ルートよりも左側部分を通過していき、最後の登り斜面である「舎利坂」取り付きに至っている。
 「Aルート」のメリットは、「@ルート」の七ツ釜避難小屋直下の急斜面を避けられることにある。デメリットはガス発生等により視界が悪い場合は道迷いリスクが増大すること。この場合はルート旗に沿って「@ルート」を進むべきであろう。ちなみに筆者は基本的に登り下りともに「@ルート」を通る。ここ2年の定例山行時にAYHパーティと行き会わなかった理由はパーティは「Aルート」を、筆者は「@ルート」をそれぞれ進んだことにあると推察する。

2 6つの急坂がある

 筆者は登りの際に、急坂の数を数えながら登っている。詳細は次のとおりである。今回の山行参加者にはイメージ図を事前に提供したが、若干修正したVER_2を会長あてに送信してある。今回の山行に参加しなかった会員も含め興味ある会員は会長に連絡してほしい。

@ 登山口を出発してからすぐにある坂。祓川神社から始まる。
A @を登ると灌木がある。この灌木を過ぎてまもなく現れる坂。かつてこの坂でAYH主催、滑落停止方法を学ぶ「臨時講習会」が行われたことがある。
B Aの坂を登るとS字状に登る緩斜面があり、そこを過ぎると現れる「七ツ釜避難小屋直下」の坂。「Aルート」も「@ルート」程ではないが斜度はある。
C 七ツ釜避難小屋を過ぎてなお続く登り坂。「@ルート」の場合、向かってやや左上に登っていく感覚がある。
D 長い大雪路(おおゆきしろ)を歩くと、最後の坂である「舎利坂」への取り付きに至る坂が現れる。「Aルート」の場合、まずは左上に進み、緩やかな右カーブを描きながら、取り付きに至る。
E 山頂に至る「舎利坂」である。舎利坂取り付きに至って「公設ルート旗」は消える。登山口から眺めると山頂を頂点とした三角形状の雪の壁が広がっているのが見える。夏道はその三角形の向かって右側を進むコース取りとなる。「Aルート」では向かって左側斜面を進み山頂にアプローチする。

3 6つめの急坂である舎利坂に焦点を合わせる

前項で示した6つの急坂の内、最も過酷な坂が「E坂<舎利坂>」である。理由は次のとおり。

理由_1) 斜度が「B坂」と同等かそれ以上にきつい。
理由_2) しかも「B坂」よりも長い。
理由_3) 標高が高いので空気が薄い。
理由_4) 風が強い可能性が高い。とんでもない強風に見舞われる場合もある。

 筆者は何度もこの坂に挑んでいるが、その都度、息が切れるのが正直なところである。さらにまた、気象変動の可能性が高く、体調の変調やアクシデントが生じやすい場所でもある。「E坂を何ら支障なく登ることができること」。これが本コース登攀に当たっての重要なポイントとなる。逆に言えば、この目的を達成するためには、どのようにして歩けばよいのか、ということを考えることで、本コースの歩き方がおのずと決まってくる。その歩き方についての考察が次の4と5である。

4 「D坂」までで体力を消耗しきってしまうような歩き方をしてはいけない

 ではどのようにしたらよいか。
 @からDまでの坂はスローペースで登ることに尽きる。時間が心配という各位もおられるかもしれないが、ハイペースであればあるほど「E坂」で苦闘するのは目に見えている。「E坂」での追いつきは十分可能である。心配には及ばない。
 どの程度のペースなのか。
 筆者が考えるペースは、途中で休まなくてもよいようなペースで初めから歩くことである。もちろん水分摂取やアウターの着脱等の小休止は必要だが、歩いては息が上がって立ち止まるということを繰り返さざるを得ないような歩き方は避けたい。また「E坂」を登る前での長い休憩は、ウオーミングアップが済んだ体を冷やすことになるため、できれば小休憩ですませたい。そのような理想的な形になるような歩き方をしたい。
 この「休まない」には、もうひとつ別の意味がある。例えば「白馬大雪渓」。ここでは「むやみに立ち止まって休むな」的な意味の看板が立っている。いつ転がってくるかか分からない落石対応のためである。ここでは「休まないようにする」のではなく「休めない」のである。このことは飯豊連峰の「石転び沢雪渓」にも言える。大雪渓と呼ばれる雪渓では、長時間の休憩はできないのが通例。本コースは例外と見ておいたほうがよい。

5 体力で登らず、ペース配分とダメージの少ない歩行フォームで登る

 タイムを競うトレランや山登りであえて全身の力をつけたいという場合は別として、安全確実にできるだけダメージを残さずに歩くには「力まかせ」ではなく、一様なリズム・ペースを保って登ることが不可欠となる。いわゆる「力投タイプ」は体力消耗が激しい。歩行イメージとしては次のとおりである。

イメージ_1) 登り始めは身体をならしたいので、意識的にゆったりと歩く。
イメージ_2) 基本の歩き方:静かに踏み出し、静かに地面を踏み込み、次の一歩を静かに踏み出すの繰り返し。
イメージ_3) 歩幅は小さく「低いところ、低いところ」を狙い歩を進める。
イメージ_4) 上体は力まない。
イメージ_5) 体の軸をぶらさず重心は一定。振幅の小さな「やじろべえ」をイメージする。

 こんなことは山岳登攀の基本ではないか、と指摘される方もおられるかもしれないが、足下が残雪で埋まり、踏み抜きもあるコースであるがゆえに、一層の基本が求められるのである。スキー装着による登攀の場合も根本は同様と考える。ただし上記の歩行イメージは筆者自身、まだ完全に身についているとは認識していない。これは経験でつかみとるしかないと考えており、その点でまだ発展途上にある。
 登り斜面において、トレッキングポールを使わないのはなぜか。との質問があった。大変よい質問である。筆者の考える答えは次のとおり。上記の歩行イメージがトレッキングポールによりアシストされるかどうかという点がポイントとなる。トレッキングポールの使用あるいはアシストによって、体力消耗が押さえられる歩行フォームが実現できる場合は使用すればよいし、逆に阻害されるのであれば、使用しても意味がないと筆者は考えている。要は自分で試してみること。これは、それぞれ登山者が経験を通して、最終的に自己決定する問題である。だたし例えば日本アルプス系の山岳で三点支持を要する岩稜帯を踏破する場合は、トレッキングポールは使い物にならないばかりか邪魔になる。当該コースの踏破を目指している会員は、トレッキングポールを使用しない歩き方を身につけることをお薦めしたい。

6 下りは「@コース」を下った方がよい

 「Aコース」を下る場合、斜面が向いている方向の影響により、どうしても猿倉口方面に流れてしまいがちになる。特にガスが発生し視界が悪い場合は注意が必要である。したがって、特にルートファインディングに自信が持てない場合は、ルート旗のある「@コース」を下るのがベターな選択である。山頂からの下りはじめとなるE坂について、向かって左側を下っていくようにするとルート旗に突き当たる。

7 熊はいる

 この山域にも当然のことながら、熊は生息している。
 2014年5月20日のことである。ソロで今回と同様の山域を「@コース」で登攀中の午前8時30分頃。D坂を登り終えて、E坂を登ろうとしたとき、前方、七高山山頂にほど近い所に熊が歩いているのを発見。熊よけ用のホイッスルを吹き鳴らすと、山頂方面に逃げていった。これでひとまず大丈夫だろうと考え、そのままE坂を登っていったら、山頂に既に登頂していた2人組の登山者がなぜか山頂向かって右手側に固まって立っていて、山頂の左手側をしきりに指さしていた。何だろうと疑問に思いながら登り続け、山頂直下10数メートル程度下の場所にさしかかったとき、突然、山頂の岩陰に隠れていた熊が弾丸のように筆者めがけて駆け下りてきた。明らかな襲撃の意図あり。ここで背を向けて逃げるのは敗北である。正対しホイッスルを吹きながらピッケルを持った右手を上に振り上げ、衝突まぎわで上から下に振り回し、同時に正面向かって左側(東側)に体をかわした。熊はそこで大きく正面向かって右側(西側)に方向を変えたため事なきを得たが、体をかわした勢いで10メートル程度滑落。ピッケルを使用して滑落停止させた。後で先着2人組に熊の大きさを聞いたら、あまり大きくない熊だったとのこと。以上が事の顛末である。
 5月20日(火)は平日で登山客は「まばら」。天気は晴れときどき曇り。おそらく当日の七高山山頂に最初に到達したのが男性2人連れで、筆者は3人目であったと思われる。このことから推察するに次のような日は遭遇するリスクが高いと推察される。

遭遇リスク_1) 5月も半ばとなり、ブナの新芽が芽吹きだしたころ
遭遇リスク_2) 登山者が少ない日
遭遇リスク_3) 世の中のこと?をあまり知らない小熊がパニックになったとき

 上記の対応が良かったのか悪かったのか正直よく分からない。ただし一つだけはっきりしていることがある。「幸運だった」ということである。熊は「幸治郎沢の取り付き」でも離れた所から見かけたことがある。成獣だった。このときは笹藪の中に逃げていってくれた。このことから分かるように、これは矢島口コースだけの問題ではない。このような野生動物による襲撃リスクもこの山域にはあるということを頭の片隅にでもおいてもらえれば幸いである。

以上、またいずれかの山域での再会を祈念して


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